栗駒交流

栗駒との交流の歴史

疎開した栗駒

学童疎開のようす

昭和19年、太平洋戦争が激しくなり、東京も何回も空襲を受けるようになりました。
高井戸第三小学校の子どもたちは、東京から離れ宮城県岩ヶ崎村(現在の栗駒町)に学童疎開しました。お寺、旅館、元村長さんの家などに分かれて、すごしました。
その縁で、現在、栗駒町と高井戸第三小学校は『杉並・栗駒児童交歓会』という会を作り、毎年交流を続けています。

交流の歴史

1987(昭和62)年、栗駒町の教育委員会の『都市と農村の子どもの交流を通して友情を深め、お互いの生活様式の違いを知ることによって都市と農村に対する理解を深める。』という趣旨に基づき、杉並区教育委員会の後援で栗駒の子どもたちと高井戸第三小学校との間で交歓会の話がまとまり、『栗駒杉並チビッコ交歓会』の名称でスタートしました。
栗駒町の招きで始められた交歓会、当初3回は栗駒町を訪問する形で行われました。その後数年間の空白を経て、終戦50年に当たる1995(平成7)年、集団疎開50周年記念行事が栗駒町で行われたのを契機に再開。初めて栗駒小学校の児童を招いて、第3回交歓会が行われました。その後は毎年交代で杉並区(高三小)と栗駒町を相互に訪問して行われ、第6回からは『杉並・栗駒児童交歓会』として実施しています。