12月

平成29年度 いい地域が いい学校を育てる   

 子供たちは、12月8日(金)から9日(土)に開催される展覧会に出展する作品の準備に追われています。子供たちが、心を込めて作り上げた作品をどうぞ楽しみにお越しください。
 高井戸小学校の展覧会は、仕事を終えた保護者の方や地域の方々にできるだけ多くご観覧していただけるようにと、両日ともに夜の8時まで開催します。その運営を支えてくれているのは、学校支援本部の方々で、夕方から8時まで受付を分担して担当してくれます。学校支援本部は、保護者と保護者を卒業された人たちで組織され、家事や仕事があってお忙しいのにもかかわらず、本校の教育活動をいつも支えてくれています。今年度は、多くのボランティアを紹介いただき、卒業生や地域の方々を学校につないでくれています。この他にも、多くの場面で高井戸小学校の教育活動支えてくれています。
 高井戸小学校の支援組織で放課後の居場所づくり実行委員会というものがあります。去年から始まった放課後の居場所事業を支えてくれている組織です。
放課後の居場所とは、子供たちに少しでも友達と触れ合い、遊ぶ場所をつくってあげようと学校と保護者、
地域が協力して運営している事業です。居場所では、火曜日と木曜日の授業終了後から5時まで(冬季期間
中は4時半まで)、一度家に帰らずにそのまま遊ぶことができます。子供たちは、改めて遊ぶ約束をすることなく、休み時間と同じ感覚で友達と楽しく活動しています。ボランティアの方たちは、子供たちが安全に楽しく活動できるようにいつもいろいろなことに心配りをしてくれています。「今日は久しぶりだね。しばらく来なかったけどどうしていたの?」とあるボランティアの方が、優しく声をかけていました。
水曜日の朝7時半から8時まで、校庭で遊ぶこともできます。この活動には、地域や卒業生、高井戸サッカークラブの方々も関わってくれています。冬の朝は、寒さが厳しく大変なのですが、子供たちが少しでも楽しく遊べるようにと、毎週欠かさずに開催してくれています。「もっとたくさんのお友達が参加してくれるとうれしいです。」とボランティアの方が話していました。冬の朝は寒いのですが、お子さんを少し早く起こし、朝から元気に遊ばせて、寒さに負けない体作りに役立ててください。
 高井戸小学校には、教育活動を支えてくれている素晴らしい地域があります。「子供のために」を合言葉に、連携を深め、さらに「いい学校」をつくっていきたいと考えています。 副校長 吉岡光弘

平成28年度 高井戸小学校 震災救援所訓練

 先日は、学芸会のご参観ありがとうございました。子供たちが、一生懸命に演技する姿をご覧いただけたでしょうか。それぞれの児童が、自分の役割をしっかりと果たし、一つの大きな劇をつくりあげる。その過程を大切にしながら、指導し本番を迎えました。当日は、どの子たちも輝いて見え、演技を終えた子供たちは、皆とてもいい顔していました。

 さて12月10日(土)に、震災救援所訓練が高井戸小学校で実施されます。杉並区では、東日本大震災を教訓に、大きな災害に備えて、小学校などを拠点に、震災救援所の開設・運営/各種資機材の操作などの訓練を会場ごとに一年に一度行っています。体育館の備蓄倉庫にあるバーナーや電話などを実際に出して使用します。また、備蓄されているアルファー米の炊き出しの練習もして、地域や児童、保護者の皆様に食べていただく予定です。

 備蓄倉庫の中に、どんなものが常備されていて、災害の時に、どう使用するかを知っておくことはとても大切なことです。東日本大震災の時に、何がどこにあるかからはじめて、とてもあわてたことを覚えています。いざという時、児童や地域の方々を安全に避難させ、災害への初期対応が迅速に行えるように、しっかりと練習し、知識と技能を身につけておく必要があると思っています。

 震災救援所とは、震災時震度5以上の揺れを観測した場合、区立の全小学校・中学校に開設され、避難所となるところです。情報・救援物資配給など避難・救援の拠点となります。私は、午後3時頃に発生した東日本大震災の時は、当時の勤務小学校にいました。児童の世話や地域の対応が少し落ち着いた、夕方に自分の家族に連絡を取ろうとしたのですが、携帯電話は、つながらず、結局、連絡が取れたのが、午後11時過ぎでした。それ以来、我が家では災害時にどこに集合して、どう連絡をとるかを確認しています。教訓として、携帯電話は災害時には、ほとんどあてにならないので、固定電話や災害伝言ダイヤルなどを利用しようと確認しています。

 11月22日には、東北から関東にかけて、大きな地震が起きました。東日本大震災の教訓が生きていたようで、地震や津波などには、しっかりと対処して、大きな被害はありませんでした。日本に住んでいる限り、もう二度とあんな大きな災害に遭わないと言い切ることはできません。是非この機会に、または冬休みの時間のあるときに、大きな災害が起きたときに、どう行動すれば、被害を少なくできるかを考え、家族での約束を話し合ってみてください。ちょっとした心がけの差で被害は大きく変わります。 副校長 吉岡光弘

H27年度 今年を振り返って  心に残るちょっといい話

 「校長先生、これあげる」子供の手のひらよりずっと大きな真っ黄色に色づいた銀杏の葉っぱをもって、2年生の男の子が校長室に来てくれました。生活科の学習でまちたんけんをして戻ってきたあとのことです。秋の日がその葉っぱいっぱいにつまったようなとっても美しい色をしていました。「ありがとう」と受け取ると、うれしそうな笑顔で教室に戻っていきました。銀杏の美しい葉っぱに感動し、それをみんなに分けてあげようと思って大事にもってきてくれたその子の気持ちに、私の心も温かい気持ちでいっぱいになりました。

 朝、校門に立って挨拶をしていると、必ず私の前に来て「おはようございます」と立ち止まって丁寧におじぎをしてくれる男の子がいます。毎日、毎日、欠かさずに顔を合わせて、立ち止まり、心を込めて挨拶をしてくれるのです。また、大きな声で「おはようございます」と元気にいってくれる子や笑顔で目を合わせ挨拶してくれる子もいます。そのまっすぐな思いに、いつも励まされ一日がスタートし、今日もがんばるぞという元気をもらっています。

 今年を振り返ると、多くの行事で活躍した子供たちの姿と同時に、日常の中で子供たちの笑顔から心に残るちょっといい話があふれる毎日でした。ワンパクで叱られることもある子供たちが見せるもう一つの素晴らしい姿です。

 私は、人がよりよく生きるために大切なものは、この子供たちが見せてくれたような素直さとやさしさと、前向きな姿勢だと思っています。素直にものを見て素直に感じること、お互いに支え合って生きていくやさしさは、周りの人を温かい気持ちにさせ、自分自身も成長させていくのだと思っています。大人も子供も、この素直で優しく、前向きな姿勢で生きていかれたらどんなによいかと思います。

 今年は、いろいろなことがあったなと思い出されます。その折々に保護者や地域の皆様が温かい気持ちで学校に手を貸してくださったこと、話をしに来てくださったこと、見守ってくださったことで、こうした子供たちが育っているのだと改めて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
どうぞ、よいお年をお迎えください。子供たち、保護者の皆様、地域の皆様にとって、来年も素晴らしい年であることを願っています。

H26年度 地域の中の学校=コミュニティスクールの役割

 昔、地域社会の中心の場は、寺社や学校、公民館などでした。催事があると、人々はそこに一堂に会し、互いの近況を話す場となりました。しかし、戦後の高度経済成長と共に、都市部を中心に「核家族化」が進み、人々の繋がりが希薄化していきます。そんな最中、今から20年程前の平成7年1月17日に「阪神・淡路大震災」が起き、「地域の中の学校の役割」が大きく注目されるようになります。それが本校でも平成23年度から実施している「コミュニティスクール(地域運営学校)」の始まりです。

 被災直後、火災や家屋崩壊などで住まいを失った住民は近隣の学校等に避難し、ライフライン(水道・電気・ガス)がある程度回復するまでの期間、「避難所(救援所)」として公共の施設を利用します。平成23年3月11日に発生した「東日本大震災」の時も、「震災救援所」として学校の体育館等が開放され、盛んに報道されたのは記憶に新しいところです。そんな時に全く知らない人同士で一緒に生活するのと、普段から顔見知りの人達で生活するのとでは、その中身が大きく違ってきます。また、いきなり救援所になるのと、普段から訓練して救援所を開設するのとでは、同様に中身が違ってきます。

 東日本大震災後の平成24年度、私は「震災復興教員」として石巻で一年間生活してきました。現地で勤務していた12月7日、震度5弱の地震が
起こり「津波警報」とともに全域に「避難勧告」が発令されました。教室で仕事をしていた私はすぐに職員室に招集され、校長から「勤務命令」が出されました。夕刻になり日が落ちて薄暗くなっていたため全教室を点灯し、地域の方が避難しやすいよう配慮しました。「311の再現か…」と不安な表情を浮かべた約500名の住民が続々と集まり、校舎3階から沖の方を見つめたり、ラジオを確認したりしていました。避難された方は顔見知りも多く、震災の経験もあったため皆落ち着いて行動していました。幸い2時間程で警報は解除され大事には至りませんでしたが、その時私が痛切に感じたのは「地域コミュニティ=人と人との繋がり」の重要性でした。

 先日、本校では震災救援所の「初動訓練」が行われ、いかに混乱なく避難民を受け入れるにはどうしたら良いかを検討しました。参加者から出された様々な意見をこれから集約していきます。
 関東大震災(1923年)から90年、いつ起きてもおかしくないと言われている首都直下地震。多くの卒業生を輩出している本校ですが、世代を超えた関係を日頃から築いておくことが今後とても大切になってきます。地域の中の高井戸小の役割は、さらに大きくなることでしょう。  副校長 福地 伸